何思ったか、武者修行はそこへ坐りこんだ。面積一坪ほどな平石ひらいしの前にである。坐ってみるとちょうど机の高さぐらいに肱ひじがつけるのだ。
「ふッ……ふッ……」
焦やけていた石の砂を息で吹く、砂とともに蟻ありの列もふき飛んでゆく。
ふたつの肱をつくと、編笠はしばらく頬杖に乗っている。陽ざかりで、石はみな照り返すし、草いきれは逆さに顔を撫でるし、さぞ暑いだろうに、身うごきもしない。城の工事に眺め入っているのである。
少し離れた所に、又八がいることなどは、意に介さない様子であった。又八もそこへ来てそういう態ていをしている武者修行があろうとあるまいと、もとより自分に何の交渉があるわけではないし、頭や胸も依然として不快なので、時折、胃から生唾なまつばを吐きながら、背を向けて休んでいた。
――と。その苦しげな息を耳にとめたのだろう。編笠がうごいて、
「石曳き」
と、声をかけ、
「どういたした?」
「へい……暑さ中あたりで」
「苦しいのか」
「少し落ちつきましたが……まだこう吐きそうなんで」
「薬をやろう」
印籠を割って、黒い粒を掌てのひらへうつし、起って来て又八の口へ入れてくれた。
「すぐ癒なおる」
「ありがとう存じます」
「にがいか」
「そんなでもございません」
「まだ、貴様はそこで、仕事を休んでおるのか」
「へ……」
「誰か参ったら、ちょっとおれの方へ声をかけてくれ、小石で合図をしてくれてもいい、頼むぞ」
武者修行は、そういって、前の位置に坐りこむと、今度はすぐ矢立から筆を取り出し、半紙綴とじの懐中ふところ手帖を石の上にひろげて、ものを書くことに没頭しはじめた。
笠のつば越しに、彼の眼のやりばが、間断なく城へ向ったり、城の外のほうへ行ったり、また城のうしろの山の線や、河川の位置や、天守などへ、転々とうごいてゆくところを見ると、その筆の先は、伏見城の地理と廓外廓内の眼づもりを、絵図に写とっているにちがいなかった。
関ヶ原の戦いくさの直前に、この城は西軍の浮田勢と島津勢に攻められて、その増田廓ますだぐるわや大蔵廓おおくらぐるわや、また諸所の塁濠るいごうなどもかなり破壊されたものだったが、今では、太閤時代の旧観にさらに鉄壁の威厳を加えて、一衣帯水の大坂城を睥睨へいげいしていた。
今――武者修行が熱心に写している見取図みとりずをのぞくと、彼は、いつの折かに、その城のうしろをおおっている大亀谷や伏見山からもこの城地を俯瞰ふかんして、べつに一面の搦手図からめてずを写しているらしく、いかにも精密なものが出来かかっている。